東日本大震災の前兆と不思議な出来事

みなさん、こんにちは、私は、岩手県の沿岸に住んでいるんですけど、

東日本大震災が、起こる前の前兆で、記憶している事を、書きたいと思います。

まず、2010年の大晦日から、2011年の元日にかけて、

ものすごい雨と雷で、家が揺れていたのを覚えています。

冬の雷は、通常よりも、低いため、雷のゴロゴロで、家が揺れるんですよね。

元日もその調子だったので、みんなが、正月早々、

何か悪い年になるんじゃないかと、感じていたと思います。

 

その後、何処からか、大地震が来ると、小学生の間で、噂になり、

日付まで、行っていたので、港の漁師の方々は、実際に、

その日、船を陸にあげました。

でも、結局は、その日に地震は、来なかったんですけどね。

その後、震災の一か月くらい前に、会社の車の下で、

猫が、死んでいたこともあり、

何かの知らせのようにも感じていました。

 

そして、忘れもしない、3月11日に、大地震震度6弱がきたんですけど、

その時に、私は、仕事をしていて、とてつもない揺れに、思わず、

外に飛び出してしまいましたが、このような行動は、みなさん、

絶対にしないで下さいね。

後で聞いたんですけど、外に飛び出した瞬間に、隣の屋根が崩れて、

下敷きになって亡くなられた方もいました。

揺れが一時的におさまった時に、子供の事が心配になり、

車で、自宅まで行きましたが、

全てが、停電したため、情報網が、ラジオだけでした。

スマホや携帯も、電波が混乱して使えませんでしたし・・・

最初、ラジオでは、津波は、5メートルくらいと言ってたので、

大丈夫だろうと思っていましたが、昭和三陸大地震の話を、

聞かされていたので、とりあえず、家族を車に乗せ、

高台まで、避難してました。

 

自宅は無事でしたが、会社や、支店は、1階が、全部水没し、

従業員も、家を流された人がいましたし、知り合いのお子さんも、

津波にのまれて、奇跡的に、リュックが木に引っかかり、助かったりしました。

 

取引先の内陸から、来ていた、業者の人は、津波を見に行って、

そのまま車ごと流され、亡くなりました。

ご家族は、悔しさのあまり、会社を訴えたりしましたが・・・

津波は、数回きたんですけど、一回目の時に津波が引いた時、

路上には、銀行から流れ出た、お金が、たくさん散らばり、

それを、取ろうとした人が、二回目の津波に飲まれたり・・・

学校のネットには、沢山の亡骸が引っかかったり、

本当に、戦争のような、状況でした。

その中でも、外国の方が、金庫を集めて、バールでこじ開けて、

お金を盗んだりしましたし・・・

でも、すぐに警察が、夜通し警備をするようになり、犯罪も減りましたけどね。

 

私は、5か月の子供がいたので、ミルクを冷やすために、

川の水を使ったりしたので、自衛隊の皆様や、

全国からの支援物資(粉ミルク、紙おむつ)に本当に救われました。

心から、お礼を伝えたいと思います。

ありがとうございました。

 

義援金も、ありがたいと思いましたが、全壊や半壊の方だけでしたし、

現実は、その義援金で、パチンコをする人も

多くいましたけどね。。。

 

地震で、気を付けてもらいたいのは、停電になったときに、

必ず、家のブレーカーを、おとしてほしいと思います。

ブレーカーを入れてたために、電気が回復した瞬間に、火事になり、

隣町の山田町では、火が広がり、200件以上燃えたので・・・

津波で、助かった家も、火事で、燃えてしまったので、本当に、残念です。

それと、必需品は、やっぱり、水なので、水や、緊急用の食料は、

備えていたほうがいいと思います。

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被災地の不思議な出来事

 

ここで、今でも、地元で、現実に起きている不思議な出来事を、

紹介したいと思います。

 

まず地元、宮古市のことなんですが、夜タクシーの運転手が、

ある女性をのせ、宮古市田老まで、乗せていき、お金を払いますから、

待っていて下さいと、家の中に入っていきました。

しばらく、家の前で待っていても、誰も来なかったため、

中に呼びにいったら、おばあさんが出てきて、それうちの娘ですって

写真をもってきたそうです。 確かにのせたはずの女性だったらしいです。

でもおばあさんは、娘を連れてきてくれて、ありがとうとお金を払いました。

それから、宮古市のタクシーの運転手さんは、夜、手をあげても、

止まってくれなくなりました。

 

あと田老町の防波堤の上から津波を見てた人が、

流されて亡くなったんですけど、

今でも夜に行くと、流されたときの声が聞こえるそうです。

私は夜行かないので、確かめてはいないのですが・・・

大槌町でも、たくさん亡くなられた方の幽霊が、国道沿いに座っていて、

ある方が、ずっと見てたら、見えるのかい?と話かけられたそうで、

もうその方は、夜には、いけないと言ってました。

 

それと、港町なので、海から、たくさんの人が、ずぶ濡れで、

あがってくる姿を見た人もいます。

その海では、京都の真言宗、醍醐寺のお坊さんがたくさん来てくれて、

醍醐の桜の植樹式や護摩法要をして、供養をしてくれたり、

全国日蓮宗青年会のお坊さんが、慰霊唱題行脚をしてくれたりと、

本当に、感謝の気持ちでいっぱいです。

災害は、出来れば、おきてほしくありませんが、災害を通じて、

学ぶ事が出来、人間の絆を感じる事が出来たと思っています。

震災で亡くなられた、すべての魂に、合掌。

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